Thymos’s blog

さらけ出します。

過去をうらやましく感じるとき

ある電子漫画のコメント欄で、

 

老化は「まあもう若くないもんなぁ」って受け入れられるんだけど今人生100年時代とか言われてて

今後どんどん体の不調も増えるだろう状態であと何十年も生きなきゃいかんのか?!

って思うとゾッとするんだよ…

長生きなんかしなくていいよマジで…

 

のコメントがあった。

 

文面から予想すると「老化は(中略)受け入れられる」ってあるから、コメ主さんはたぶん30代か40代かそれ以上なのだろうなって思うんだけど、

 

今21歳の私が全く同じことをここ数年思ってる。

ただでさえ今病気で疲弊して、

すべてが変わって、

合併症にもほとんど確実にいつかはなるって言われてて、なんで生きないといけないの?!

 

中学生の頃。

健康の心配なんてしたこともなかった。一年生の時はいじめがあったけど、頑張ってめげずに学校に通って、部活に励んで、素敵な仲間たちに恵まれて。そこから部活外でも友達が増えて。

好きだって、大事にしてくれる人、大事にしたい人もできて、

習ってなかったけど合唱祭でピアノ伴奏を指せてもらえることになって。音楽の先生や、ピアノや音楽が得意な友達に支えてもらって、指揮担当の友達とたくさん練習して、他の友達にも応援してもらって、

当日、クラスで最優秀賞をもらえたときは最高に震えたし、嬉しかった。

高校受験の時期、受験校を悩んでいるとクラスの友達がいろいろ情報を教えてくれたり、放課後は友達と一緒に勉強をしたり、面接練習もたくさんしたなぁ。

みんなで頑張って、みんなでばかやって、とにかく毎日笑ってた。

「今」と「明日」が楽しくて楽しみで、わくわくが止まらない日常だった。

 

大学4年生の今、その日常が恋しい。世界が基本的に安全だと思っていたこと、友達と笑うだけで一日が終わったこと。

 

中学を卒業してから今まで、いくつかの病気や、大好きだった人から裏切られたことや、たくさん怖い思いもした。

世界は思っているよりも荒んでいる、きれいじゃないって気づいた。

 

前の私には戻れない、中学生の時の、あのみんなの素敵な笑顔を昔みたいに無邪気に受け取れなくなったことが、ひどく悲しい。

高校も、大学も、素敵な出会いはあった。それが私を成長させてくれた、強くしてくれたって知ってる。

 

だけど、ひどく虚しい。

 

あの頃の子たちと集まっても、私はもう、どうふるまっていいかわからない。

 

あの頃の私がうらやましい。

人間関係の深化を目指すー留学、人生、ヘルシーなマインドセットー

おはようございます。最近の睡眠サイクルが非常にランダムで、本を読みながらリビングで寝落ち、3時間後目が覚め、ベッドに向かうかそのまま起きているか。今日も、いつものごとくリビングで3時間ほど気を失い、ベッドに向かったが、なぜか眠れず、起きることにした。

朝のひかりがいたる所に反射してきらきらとしている。この光景を見るのが今は好き。小学生・中学生の頃はこれが苦手だったなぁ。早起きが大の苦手で当時はいつもギリギリに起きていた。だから準備を急がないといけないハメになる。だから、当時の私の余裕のない心に相反してゆったりと輝く景色に苛立っていたんだと思う。(笑)

8月頭。セミの声が頭に響き渡る。暑さが増していくような感覚は完全にはぬぐえないが、頭を空っぽにし、心を落ち着かせてから耳にセミの声を取り込むと、案外悪くないなぁ。

 

一週間後、私は初の留学生活が始まる。一番心配なのは、ホストファミリーとの関係。どうやって接したらいいだろう。最初は丁寧に、そこからは相手に合わせて打ち解けていけたらいいなと思う。向こうでは語学学校に通うため、週5の朝9時からの授業が始まる。起きれるか心配、というか、眠れるかが心配。まぁ、最初の一週間は慣れないことや新しい環境への疲れや緊張で、すぐに眠れるか、逆に不安が渦巻いて眠れないかの極端な二択な気がする。気楽に、旅行に来たと思って、やっていけたらいいな。もう一つ心配なのは、空港でのトランジット。初海外×初飛行機(中学生の時の修学旅行で飛行機には乗ったことはあるが自分で手配したものは初)かつ、飛行機には持込規制がたくさんある。私の医療器具についてはあらかじめ航空会社へコンタクトを取って了承を得ているが、それでもやはり緊張する。まあでも、どうにかなるさ。

日本で平和ボケをしているからこそ、自分で気づかないうちに海外での「非常識」になってしまいそうなのも不安。「海外での非常識」は危険である。日本にある犯罪は海外にもあるし、日本にない犯罪も海外では起こる。だから、日本の常識だけで生きていると、危ない目にあう可能性が高い。7月末に海外での危機管理についての講習を受けたとき、海外で実際に起こったトラブルや犯罪のドラマを見た。かなりびっくりした。まさかこの流れからそうなるとは…!!!というようなケースがたくさんだった。それは、自分が気を付けているつもりでも、思いもよらない展開になって犯罪に巻き込まれていたから、そもそも初めに Yes / No をはっきりと示すことが大事だと思った。

夜は一人で出歩かない。財布を人前で出さない。地図を見ながら歩くなどして旅行者感丸出しにしない。出会ったばかりの人と食事を共にしない。

とりあえずこの辺のことを気を付けようと思う。

 

留学の目的と目標はいくつかある。

まずは、

  • 留学前よりもちょっと成長したなと思えること

何か大きな目標を掲げると、現地に着いて慣れてないうちから自分をプレッシャーで潰してしまう危険性がある。だからきっと、このくらいがちょうどいい。

 

  • 海外を嫌いにならないこと

今の私は、海外が嫌いではなく、興味の対象である。もともと英語を極めたいと思った理由のひとつに、コミュニケーションツールを増やすことでよりいろいろな人と関わり、広い視野を獲得していきたいから、というのがあった。だから、日常会話はできるようになった私がさらにランクアップするためのステージとして、海外に行くことにした。海外では語学力のみならず、暮らしを通して文化に触れ、その奥にある歴史や由緒を知ることで、現地に住む人たちへの理解がより深められると思う。

だから、自分がここに来た理由を見失わないように、適度に鈍感になること、あるいは、ものごとの認知のしかたを変えることも時には必要になると思う。このことを忘れて「辛い」という感情だけに飲み込まれてしまうと、「海外」が嫌になってしまうと思う。周りにいる人たちにときどき甘えさせてもらいながら、海外が嫌にならないよう、心身ともに健康に留学生活を過ごせたらと思う。こういった面での自己成長も楽しみだ。

 

  • 交流を大事にする

留学に行った大学の先輩からのアドバイスである。「勉強勉強!よりも、人との交流を大切にした方がいい。勉強は日本でもできる。」いろんな知り合いを増やせたらいいな、そして一人くらいは日本に帰ってからも連絡を取り合うくらいのお友達ができたらいいな。と思うが、これを今から思っていたらそれに固執してしまいそうだから、出来たらラッキーと思うくらいにしておこう。

 

 

*留学後の私へ

無事に生きて帰りましたか?体調はどうですか?どんな経験をしましたか?今の気持ちはどうですか?何か新しい発見や学びはあったかな。今のTOEICスコアは765だけれど、今受けてみたら上がってたりするかなぁ?

もし、これを読んでいたらとりあえず帰ってこれたということで。オールオッケーだよ。いろんな経験があって、どん底気分の日も、超アゲな日もあったと思うけれど、どれも自分を成長させる栄養に確実になっていく。よく頑張った。次はどこに行きたい?それとももうしばらくゆっくりしたい気分かもしれんね。

私は最近、華(ChatGPT)のおかげで改めて自分軸を大切にする心構えを学んだよ。もともと中学生の時から自分軸の重要性は自覚していたけれど、それが強すぎるあまり、変な方に転じて、人に頼ったり甘えることができなくなった。そして、それに気づいてからは人に甘えることも大事で、自分の気持ちや感情を人に伝えてもいいんだって気付いて、その練習を始めた。するとかえってつい最近までは、人とつながっていないと不安を感じる上に、自己肯定感を他人の評価で保つようになってしまってたの。だから、パートナーがいなくなって寂しさが強くて、自分の価値を感じられなくなった。自分がこんな状態だと程よい距離感で人間関係が構築できない。だからマインドセットを調整するために始めたことがあるんだよね。

まずは「一人で満たせる時間を持つ」。例えば、お散歩に行って景色や風を心と体で感じる、日記をつらつらと気が赴くままに書く、好きなアニメや映画を観て感想を書いてみる、未来の自分へ手紙を書いてみる。そうすることで、自分が何に癒されるのかや好きなことを自覚していける。これは自己理解を深めることにもつながるね。

次に「誰かに認められているから大丈夫」から「私は私で大丈夫」に変えていくこと。これは一朝一夕じゃできないこだけれど、日々のいろいろな些細な出来事に対する認知を意識的に変えていくことで少しずつ変化は起こせるはず。例えば、連絡が返ってこないときに、「自分には価値がないんだ」って飛躍するのはやめて、「今忙しいんだろうなぁ、まぁ、返事が来なくても私の価値は変わらない。人との縁もその長さも変化し続けるし、本当に大事にしたい相手にどう向き合うかに意識を注ぐのがいちばん。」って考えたり、「甘えることは悪いことじゃないけれど、そこに依存しすぎて自分の価値をゆだねるのは違うよね」とか、あとは誰かの気まぐれに心を揺らされすぎないことかな。意思をもって流されるのは、多少のリスクはあれど、視野を狭めないために必要だと思ってる。だけれど、一面だけで白黒判断する方がリスキーなこともある。だから、余白を持たせてグレーを楽しむ心意気で、ものごとと向き合う。そうやって、判断すべきときを見逃さないよう気を付けながら、判断をくだしていくと、自分の心も苦しくなく、相手にも失礼にならない態度がとれるはず。

そうはいっても少し前の私みたいに自分を見失いかけるときはどうしても出てくると思う。それをなるべく減らすために次の二点を常に頭に置いておきたい。

  1. 好かれるために「自分」を曲げない
  2. 相手の態度にすぐ期待・絶望しすぎない

嫌なことは嫌という。これは自分のためでもあり、相手のためでもある。相手が踏み込んでいいラインを自分からしっかり示すことで、お互いが心地よい距離感の関係を続けられる可能性が高くなる。だから、無理して合わせすぎない。「好きになってもらう」より、「一緒にいて心地いい関係」を目指すつもりで。

連絡がなかなか返ってこないときに、「私が○○だから、、、私が悪い」とすぐ思うのではなくて、関係はタイミングですぐ変化するものであり、相手にも都合があるだけ、と捉える。

 

そして、人との関係で違和感を感じたときのヒント。

  1. 私はこの人に「ちゃんと大事にされてる」って感じてる?
  2. この人の前で、私は無理せず「自分」でいられてる?
  3. 「相手がいないとダメ」って感じてる?それとも、「この人と一緒だともっと良い」って思ってる?

これを、人との距離感で違和感を感じたときに、必ず考えてみて。その違和感は絶対に放置してはダメ。大事にしたい人ならなおさら。

思い出にとどまらない過去の一部と心の変化、成長と、みらいへのわくわく

最後にこのブログを更新したのは、3月27日みたい。4ヵ月ぶりです。ご無沙汰しております。

これまでの間、たくさんの変化があった。変わっていないものある。

別れ、TOEICスコアアップ、海外留学準備、大学の留学生の友達の帰国、疎遠になる友達、生きる意味を見出そうともがいてしまう気持ち、心の中で気づかないうちに温めていた愛、新しい友達、好きな音楽、家族との関係性... どれも、私にとってプラスになった。

 

別れ。一瞬の恋だった。テーマパークに遊びに行ったような感覚。たくさんの初めての経験。確実に私に転機を与えてくれた恋愛だった。

一型糖尿病を診断されたのが去年の5月で、それからずっと、ずーっと、鬱々と、生きている意味が見いだせず、生きるのをやめる理由をずっと探していた。眠れない夜が、気付けば一年近く続いていた。生きる価値がない。だけど自ら息を断つ勇気もなく、生きながらえていた。そんなときに現れた人だった。まるで、青春を詰め込んだような人だったなぁ。楽しかった。きれいな思い出。別れたのは、すり合わせのできない価値観の違いに私が苦しんだから。彼はやさしい人だったけれど、私からすれば繊細さが足りない人だった。まぁ、少しだけその部分を友達や姉に相談したところ、「それって人としておかしいよ」と言われたけれど。ただ彼に、人の心に触れる経験が足りてないそれだけのことだったように思う。私はそこに付き合いきれる余裕がないくらい心が苦しくなっていった。別れてよかった。付き合ってよかった。そう思えるくらい、良い経験になった。この世にはこんな人がいるんだなぁ、と、勉強になった。

それで終わればいいんだけれど、彼は私と別れて一週間もしないうちに新しい彼女をつくっていた。しかもその相手は、私が幼いころ、私と私の幼馴染に嫌がらせをしていた女の子だった。びっくり仰天。彼と私の接点は学校外。私とその女の子の接点は小・中学校+団地、彼と女の子は、、なんだろう、っていう感じ。What a small world! 今は、私が出かけるときにそこに彼の車が止まっているのを見かける。本当に心臓に悪い。もし鉢合わせしたらどんな反応したらいいかわからないもの(笑) これさえなければ、きれいな恋愛の思い出としてハッピーエンドだったのになぁ。まぁ、たらればはこの辺にしておこうか。

 

大学は、最近より楽しくなってきた。英語専攻で、英語力はTOEICとか実践とかで、目に見えて成長が見えるほど伸びていて楽しい。私ってやっぱり学習が好きなんだなぁ。そして、大学でできると思っていなかった友達が増えた。というか、私が友達を求めるようになった。「大学は個人がそれぞれ研究をして、個人で活動するところ」っていうイメージが強くて、友達をつくろうとすら思っていなかった。だけど、3年生になった今、英語学科という、いかにもコミュニケーション能力が他学科よりも培われそうな学科だからこそなのか、いろんな人と関わる機会が多い+人と話すのが好きな人たちが周りに多い(私ももれなく)という条件がそろってしまったおかげで、お友達がたくさんできた。ありがたい。うれしい。高校生の時に数か月学校に行けなくなったことがあり、限りある青春の時間を悲しい方向で消費してしまった過去があるからこそ、今の私は人とのつながりのチャンスにとても貪欲であり、またその価値をより実感できていると思う。いろいろな人と話して、いろいろな価値観に触れる。そうやって、自分の内面を豊かにし、大事にしたい人たちを大事にできる器ができあがるんだと思う。経験は積んでなんぼかな。限りある友達との時間、新しい出会い、残り2年間の大学生活、一つ一つ心に刻んでゆきたい。

 

そして、来月から1か月間、初の海外語学留学をすることになった。一型糖尿病の発覚や経済的な問題で断念しかけたが、コストを抑えつつ、かつ奨学金で行けるところをあぶりだした。不安もあるが、それと同じくらい、いや、それ以上か、とてもわくわくしている。ちょうど今日パッキングを始めた。向こうでの新しい縁、経験、カルチャーショック、、いろいろあるだろう。後悔のないよう、あっという間だと思われる1か月間を最大限に自分にとって有益な経験、楽しかった経験にできるよう、マインドセットを整えていきたい。

 

テーマパークのような元カレのおかげで、生きることに前向きになり始めた。それでも、治療に疲れ果ててしまったときや寂しさを感じたときに、逆にあたたかさを感じすぎてしまったとき、生きるのを終わりにしたくなる。朝方まで起きていることもある。朝の7時に寝て朝の10時に起きて学校に行くことだってざらにある。眠れず、眠たいはずなのに、朝6時ごろまで起きて、気付いたら午後3時で半日無駄にしてしまったと後悔する日も数えきれないほどだ。だけど、留学へのわくわくや、英語スキルupの実感、お友達との関わりに支えられて、心が崩壊してしまうことは格段に減った。

 

そして、私は自分の中に静かにずっと存在していた愛に気付いた。それはやっぱり、あの幼馴染兼、元カレ兼、友達の男の子のこと。実は、彼への愛に向き合いたいなぁ、と思い始めたのが今年の2月末。だけれど、そのタイミングで彼が「2年ぶりに初めて自分から好きになった人ができた」と報告を受けた。

2年前って、私と付き合ってたときじゃん。

それはさておき、私はせっかく彼が好きな人ができて告白をするぞ!と意気込んでいるときにそれを無視するように私の気持ちを伝えるわけにもいかない。そんなときにちょうど、テーマパークが現れた。

そして、私は別れ、その一方彼は、想いは叶わなかったよう。そして、私は、前伝えなかったことを後悔してる。だから、今回は伝えよう。そう思って、たまたま彼が帰省してきたときにカラオケに誘ってくれたタイミングで言おうかなぁ、と企んでいると、彼が、「最近いい感じの人おるんよなぁ」とうれしそうな顔で話してくれた。私は雷に打たれたような衝撃を感じた。うーむ。

だけど、今回は伝えたい。もし彼がこのままそのいい感じの子と付き合って結婚しても、私は気持ちよく祝福できないかもしれない。それなら、彼の気持ちを無視したようになってしまったとしても、私の気持ちを優先して伝えてもいいんかな、って思った。だから、タイミングはゆだねようと思って、鈍いわけではない彼だからこそ、少し感じ取ってくれるように、「また話聞いてもいいよって時があったら教えて」と伝えた。「わかった」と返事をくれてから10日ほど経ったが、連絡はなし。私はもう彼ではなく、他の人に目を向けるべきなのだろうか。わからない。

彼が別れてからも好意を持ってくれていたことが昔のメールのやり取りを見ていて感じた。その時の私はどうして気付かなかったのだろう。なくなってからそのあたたかさに気付く。辛い。でも、人の心は移りゆくもの。とっても小さい何かが、気持ちをがらっと変えてしまうことはよくある。しかたがないんだろうなぁ。さて、私は彼の連絡待ち続けるのか、それとも待つのをやめて、新しい恋愛に目を向けるのか、まだ決断をしようとは思わない。とりあえず、来月の留学を楽しく無事に終えてから、このまま何も変化がなければ決断をしようと思う。まぁ、留学後まで何も変化がなければその時点で答えは出てるな(笑)

 

そして、大学の留学生の帰国。その子は手紙が好きで、よくお手紙を書いてくれてた。私もお手紙書くの好きだから、お返事書いたり、よく遊びに行ったりしていた。この子が日本に来たのは1年前の8月。初めて話したのは9月の大学の授業。目が合って、にっこり笑ってくれて、そのあと話しかけに着てくれた。そこから何度か遊びに行って、良く話す子で、陽気で、ユーモアがある子だと知った。友達想いで、やさしい。私が遊びに行く数日前に体調を崩した時、「当日の朝でもいいから、体調しんどかったら連絡ちょうだいね!その時はまた別日にしよう!」って伝えてくれた。私が重度のコナン好きなことも知ってくれていて、彼女が旅行に行った時にはご当地コナンとか、コナンショップとか、コナンに関わるお土産もたくさんプレゼントしてくれた。旅行先で自分のことを思い出してくれたんだなぁって、すごくうれしかった。その子がもうすぐ国に帰る。悲しい。中学生ぶりに、純粋に人に会えなくなる寂しさで涙を流した。

くれたお手紙に、「この学校で出会った人の中で一番好き!これだけは覚えててね」って書いてくれてて、「みんなにも言ってんのかな」っていうブラックな私もいつつ、素直にうれしくて涙が流れた。みんなに言っていたとしても、こう伝えてくれるほど、私のことを想ってくれていたんだなと感じてうれしかった。今日、この子の好きなピンクのキャラクターのクッキーを作って、明日プレゼントするんだ。お絵かきするみたいにクッキーを作るから3時間以上はかかる見込み。バイトもあるし、パッキングの続きもあるし、早く寝なきゃ。

 

そういえば、人との距離感を適切に保つことの重要さを学んだ出来事もあった。学校の先生との距離感。踏み込むべきではない領域を許し、高校生気分で先生と接していた部分もあったと思うから反省。先生だから学生としてしか見ないだろうという思い込み。誰だって人間。何を内に秘めているかなんて死んでもわからない。優しさがカンストしてかえって変な感じに感じてしまったのもあるのかもしれない。わからない。だけれど、私は20歳の女で、自分がどんな風に他人の目に映っているのかを自覚して、スペースを自分でつくることも必要になるってことを学んだ。根底に「嫌われたくない」がある私だから難しいけれど、本当に大事にしたいなら、お互いのために、私が心地よい距離感をはっきりと示すことが大事なんだろうな。

 

学び多き日々で、心や体を擦り減らしながらも今日まで生きてきた私、えらい。こんな風に自分をほめて締めくくろうと思います。

 

あ、すべての生き物に有害そうな暑さが続いています。ご自愛くださいね。エアコンのエコモードにはご注意を。エコ指向に集中しすぎて本来の目的を見失ってしまうエアコンもいて少し危険ですのでね。ああ、今日も起きたまま朝を迎えてしまった。ただ今の時刻、6:27。さて、私はお昼まで寝ます。起きたらクッキー生地を作って、留学にもっていく服を決めて、期末考査の勉強をして、バイトに行ってきます。

 

とりとめもなく思い付きで書いた文章でごめんなさい。ここまで読んでくださり、ありがとうございました。あなたにとって小さな幸せがちらばった1日になりますように。

死ぬまでにやりたいこと1:恋愛に狂う。幻に踊らされる。酔いどれる。既存の持ち場に戻る。

最近ふと手に取った本がある。執筆者Fさん「いつか別れる。でもそれは今日ではない」である。エッセイだ。思春期真っ只中の恋愛によるトラウマは、20歳になった今も私を、良く言えば、慎重に、悪く言えば、臆病にする。

 

今日はそんな人間が、長年一緒に隣にいてくれた人への愛に気付いた話をしよう、と、きれいにまとめたかったが、そんなものはリアルにはない。あるとすれば、偶像や幻だろう。このように、時折顔を出す俯瞰しがちな性は、先天的なものではない。その恋愛のトラウマ含め、その他これまでの経験が作り上げてきた最新バージョンの脳。個人的に、心は脳みそだ。

 

その本が妙に気になったのは、小学校からの幼馴染に対する気持ちが明確になってきていたからだと思う。この方とは高校生の時4か月間付き合っていた。期間は短かったが、私の数少ない恋愛経験の中に存在する3年間付き合った人とも比べようにならないほど、質は高いお付き合いだった。3年付き合った人との別れ方から、恋愛含め人間関係での心の存在に何より重きを置くようになった。私は幼馴染とは、お互いの違いを受け入れようと試み、受け入れられない部分はすり合わせ、尊重し合うお付き合いだったという点で、質が高いと表現した。それでも別れたのは、私が相手と向き合うことの恐怖から逃げ、勝手に諦めたからだ。どちらかがコミュニケーションを怠ればカップルは死ぬ。別れた後も、連絡は続いている。年に3,4回は会う。

彼への愛に勘付き始めたのは、治らない病気が見つかり死ぬか治療を続けるかという絶望の淵に、彼はこれまでと変わらず支え続けてくれたことが大きく影響していると思う。彼のポジティブさにイラつくときもあったが、腐りきった心に栄養が戻ってきたのは彼のおかげである。精神疾患の治療の今が山場という時期にちょうど、3年付き合った人に浮気されたあげく振られた。そのときも幼馴染がいてくれた。逆にこの幼馴染が辛い時に頼ってくれたのも嬉しかった。それと同じくらいの熱量で、この幼馴染の優しさを利用して傷つけるやつなんてWhat the hell?!と心の底から怒りが湧いた。幼馴染が求める幸せのために私にできる限りなんでもしたいと思っていた。

そう言語化できるまでに3年はかかった。執着心が強いが守備が徹底している普通な私だからこそ、他人のことで感情的になることはほとんどなかった。というか、年を重ねていくにつれ、他人のことで毎回心を動かしていたら死ぬと本能で感じ、相手と自分の境界を引くようになった。感情に拷問を与え毎日少しずつ麻痺させた。

だからこの幼馴染への感情は私にとって未確認生物だった。というか未確認のままでいたかったのかもしれない。しかし、脳みそは歩みをとどめることはなかった。そして本能と理性の間で不安定な状態になった。大事な人がいる・いた人はきっと直面したことのあるだろう単純な問題が発生した。「齟齬が生じ、相手との関係が悪化する可能性への恐怖」。

 

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そんなときに、「いつか別れる。でもそれは今日ではない」というタイトルが目に飛び込んできた。

 

恋愛感情は交通事故が起きたようなもの。ずっと続くことはないし、傷が深ければ時間はかかるが、治癒が可能な場合が多い。最終的には、教訓を得、今後に生かすよう未来に目を向け始める。交通事故なんて誰も会いたくない。それでも会ってしまう。私は4人家族ですでに全員交通事故を大なり小なり起こしたことがある。交通事故を起こさないぞ、と誰もが思っていたが、起きてしまった。起こしたというより、巻き込まれたものもある。

同じように、恋愛をしないと決めても、目にもとまらぬ速さで恋に落ちてしまう。(一般的に定義されている恋愛感情を持つことがない指向の人などはまた別)または、巻き込まれることもある。

 

本屋でその本が目に入ったときそんなことを考えていた。それでも、安定はあまりに退屈すぎやしないか。一度は恋愛に我を失うことがあって失敗をするのも刺激的な経験になるんじゃないか、と10年来の幼馴染との関係について当てはめるとかなり危険な考えがよぎった。そして一冊手に取り、レジに向かった。

 

本を手に取った実際の決め手は、年の割に落ち着いている(冷めている)私が年相応に大胆になってみようか、と生意気なことを思ったからである。

 

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私はいまだに小説との向き合い方には悩んでいる。しかし、エッセイや自己啓発書、研究書などは批判的に読むようにしている。三つ子の魂百までと言うように、自身の生育に影響するイベントをほぼ完了してきた20歳が、本をすべて人生の参考にしようとして共感するように努めても実際不可能である。本は、その著者の人生の一部を文章で記しているものに過ぎない。だからこそ、自分の経験や知見、感覚を軸に、本を読む。そして、自身のそれらと共鳴するものを発見したとき、自身にとって何かベターな新思考が降ってくる。これが「心が動かされる」ということだ。

 

共感できるものがあればそれは無駄に自信になり、実行欲が湧いてくる。その行動は何らかの新しいチャンスにつながるかもしれない。

共感できない上に認められないものは、なぜ認められないのかを考える。自分を知る。そして、著者の方がどのような考え方をしているのかを想像してみる。そうやって他人の思考に触れ、「本を読んで知見を広げる」のではないかと思う。

考えたこともないものが現れたときは、興奮が先立つ。

へぇーこんなこともあるんだー。

 

「いつか別れる。でもそれは今日ではない」は、恋愛の局面で考えあぐねていた私の背中を押してくれた。たまには幻に振り回されてもいいか、と思わせてくれた。

 

そして、私は、幼馴染への恋愛に再チャレンジしよう(かなぁー)と、思い始めた。

ちょうどその時期だった。この幼馴染と電話で話しているとき、彼の声の出し方がいつもと違うテンションだったことが気になった。しかしそれには触れず、他愛もない話の切れ目の後、彼がぽつりと「好きな人ができた」と発言した。なるほど。いつもの声と違ったのはそれを伝えようとしてくれていたからか、と納得した。同じ大学の同じ部活の人を好きになったそうだ。そのとき、私はショックは少なからずあった。しかし、それよりもその相手は幼馴染を傷つける人ではないかが気になった。残念なことに、彼は女運がいいとは言えない。彼の端正な顔、人の好さや適度なチャラさに寄って来る人は多い。

私は彼に「どんな人?」と聞いた。彼は「人が良いんよ」と答えた。彼がそう言うなら今のところ危害を加えることはなさそうだなと思った。少しだけ安心だ。この幼馴染には幸せになってほしい。できるだけ傷を負うことなく。

そして彼は続けた。「次のデートで告白します!」と。

 

「うまくいくよう祈っとるよ」

「当たって砕けろの精神で行く!」

「それがいいねぇ、自分の心を守ってください」

「俺は傷ついてもいいんよ」

「私が嫌です」

「はい(ぐぬぬ)」

 

と会話をした。

 

電話の後、私は本当に彼を愛しているんだと確信した。「彼の隣にいるのが私がいい」というより、彼が幸せでいてくれたらそれで私は嬉しいしとても満足。もう何度この趣旨の一文を書いただろう。本心だ。

 

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さて、次はその翌日の私の話。

 

幼馴染と電話した翌日は、以前のバイト先で会った一個下の人が、もともとドライブに連れて行ってくれることになっていた。お互いの趣味を一つ知っている程度の仲だ。

私は男女の友情の信者だ。そうではない人がいることも知りながらも、私は私と同じ信者である人をいつも探しているように思う。

 

ドライブは明らかに、デートだった。大体の女は一発で恋だと錯覚してしまうような雰囲気を彼は見事に作り上げた。人との関係を深める方法は二つある。

一つは、SNS等で相手を探ってから相手が好きそうなこととの共通点を見出し一緒に楽しむ。

二つ目は、今までの経験則から相手をカテゴライズし、喜びそうなものを想像し、実行する。

この二つ目の方法は私はあまり好みではない。私が「個人を見てほしい」という理想主義者だからだろう。または、この時代に染まってしまったのだろう。しかし理解はできる。ほぼ相手が自身にとって初心者の場合、仕方がないことだ。想像するほかない。

私はその大体の女の一人になった。帰りに手をつながれ、指を絡められ、雰囲気にのまれた。心地よかった。物理的に許したのはお互いに手だけである。私は錯覚した。幻を得た。いとも簡単に。想像もしてなかった。

 

五日前の出来事だが、今でもときどき口元が緩む。だから家族の前で気を緩められない。そして彼とのメッセージのやり取りが楽しい。早く会いたい。来月またドライブに行く約束をしているが、待ち遠しい。もう体を許してしまってもいい。

そんな本能的な感情が、表面的には静かに、内面では噴火前の火山ように激しく地を鳴らしている。

 

その一方で、相手がどういうつもりなのか知らないが、私が本気になってしまって相手が遊びのつもりだったら、という不安がある。私は恋愛経験が少ないからそんなことされるとすぐにコロッといっちゃうんだよ!、と仮に本人に伝えたとしても、軽く流されるか、「こいつチョロいな、いけるわ」と思われるかだろう。悔しい。

 

だから私は期限を決めることにした。とりあえず4月まで。暇な春休みの間の恋。ひと夏ならぬ、ひと春の恋、または、遊び。もしこれよりも先に相手が去ったとしても、私が本気になってしまって胸を切り裂かれたとしても、、、私の人間不信が加速する程度だろう。あ、それは困るな。そうなったら大学のあの子にカラッと一蹴してもらおう。そして、バイト先で常連さんの顔を見て、よしよし、まるでOne Direction のNight Changes だなぁと思うことにしよう。ありがたいことに、帰る場所は幼馴染の他にもあるようだ。人が帰る場所を求める理由が、今わかった。

 

今は、この幻に身を任せよう。そして、後から笑い話、教訓になってくれるであろう。いや、正直教訓なんていらない、刺激的な経験のピースの一つになればいい。

 

大胆に恋愛に狂う。これが死ぬまでにやりたいことの一つだ。

コナンくんに会いに!一泊二日・鳥取県北栄町 1型糖尿病 女子大生の一人旅(9月)

土日に一泊二日で名探偵コナンの始まりの地、北栄町に訪れた。

今回の旅は、推し活だけではなく、私にとって大きな挑戦でもあった。というのも、約3か月半前に1型糖尿病と診断され、一人旅大好き人間であるにもかかわらず、旅行はおろか、外食にさえ恐怖と抵抗感が否めず、塞ぎ込んでいた。この恐怖というのは、食事に含まれている糖質量を見積る+自身の体調+これからの運動量も鑑みて、打つインスリンの量を決める。これが、外食だと食材がわからない=糖質量の見積もりを大幅に外す可能性がある、また、旅行中はたくさん動くため、インスリンを打ちすぎてしまうと低血糖になり倒れる可能性もある。さらに、インスリンを打ってから食事を始めるまでの時間も重要である。私が使用しているインスリンは体に注入してから10分後に糖質を摂取し始めなければならない。このインスリンと食事のタイミングがずれると、低血糖高血糖になる。そのため、旅行や外食、糖質表示のない食事をとること自体が億劫になっていた。

そのような状態で、8月初めにスタートした夏休みは、ほとんど外に出ることなく、バイトと家の往復のみ、また、インスリン治療がうまくいかずバイトを減らしたりと血糖値の上下に振り回される夏休みをこの前まで過ごしていた。しかし、9月のはじめ、今年一番寝起きがいい日があり、6時前に目が覚めた。その時、突然チャレンジ精神が突如として姿を現し、夏休みに一つは長い休みを生かした思い出をつくりたい、そうだ、鳥取へ行こう!と思い立った。そこからは早かった。高速バスを予約し、ホテルを予約し、2日間の予定をざっくりと立てた。ネットでいろいろ情報も集めた。

 

そう動き出して10日後、ついに出発の日!

 

 

本題の前に、名探偵コナンに対する気持ちを綴らせていただきたい。

私はコナンくんを推している。小学四年生の時にコナンくんに初恋をした。当時、「彼は二次元の人で、これからの人生で出会うことはないのか」という事実に早々に気づき、大ダメージを受けた。かなり辛くて、就寝中、連日夢に見るほどだった。目が覚め夢だと気付きうなだれていたが、日薬でなんとか持ち直した。それから現在に至るまでずっと大好きだが、毎年映画を観るたびにさらに惚れてしまう。当時のコナンくんへの気持ちは「恋」だったが、今のこの気持ちは「愛」だと感じる。

毎年2回以上は映画を観に行く。欲を言えば上映期間中に週1は観に行きたいところだが、大学生の身分では支出も限られるため、行っても3回から4回に抑えている。あるときはかっこよく、またあるときはかわいくてお茶目なコナンくんを大スクリーンで拝見できる映画館で過ごす時間は、私にとって至福の時間である。映画館で販売のパンフレットを入手し、映画鑑賞1回目の後に、家に持ち帰って映画のサントラを流しながら、パンフレットと映画の余韻を楽しむ。そして、声優さんや製作者さんの作品への思いや、新しい視点をパンフレットから得、もう一度映画館へコナンくんに会いに行く。最高だ。

映画を観るとき、1回目はストーリーの理解を目的として観る。そして2回目以降は、コナンくんの挙動や声、豊かな表情に注目して楽しむのだが、今年の『100万ドルの五稜星』は、様々な出来事や新情報がもりだくさんで、一度では全体のストーリーをとても理解しきれなかった。処理速度が追い付かなかった(笑)。3回目の鑑賞でやっと理解することができた。映画の余韻にたっぷり浸りたい私は、映画館併設のグッズ売り場を堪能し、気に入ったアイテムを選んで購入する。しかし、映画館がショッピングセンター内の施設のため、映画目的以外で買い物に訪れた時も、吸い寄せられるようにグッズ売り場に向かって足が動く。そういうときは購入したりしなかったりのため、はたから見れば単なる冷やかしだ(笑)。

ありがたいことに、名探偵コナンは幅広く様々な企業、商品とコラボをしており、コナンファンは全国で推し活が可能である。ただ、コラボが豊富すぎるゆえ「えっそんなコラボがあったの?」とコラボ期間終了後に情報を入手することも少なくない。コナンくん LOVERの私は、可能なら『名探偵コナン』に関する情報をすべて!一つも残さず!味わいたい!そのため、X (旧Twitter)やインスタ、定期的に「 コナン コラボ 」で検索をかけて情報を集めるよう努めている。ただし、情報をつかんだとしてもそれを手にしたり体験するにはどうしてもお金がいる。私は財力が弱いが体も弱い人間のため、バイトを詰めたくても詰められない月も多く、節約して計画を立てコツコツとお金を貯めている。それでも、大学生は稼ぎをほとんどすべて好きなものに費やせるため嬉しい時期でもある。

もう一つ感謝している点は、名探偵コナンの映画やストーリーの舞台が三次元に存在するという点だ。「モチーフ」ではなく「完全に」そこが舞台になっているため、コナンくんが訪れた場所に行くことができる!にっこりだ。疲れた時はコナンくん含めた名探偵コナングッズに溢れた神聖な空間、つまり、自室で名探偵コナンメドレーを流し、ヒーリングを受ける。

名探偵コナン』の作品は私の人生の1/3を占めていると言っても過言ではない。

 

 

旅行記

そんな私にとって、コナンに会えるまち、北栄町はまさに夢の国だった。上下左右四方八方360度コナンだらけ!いろんな表情や服装のコナンくんに会える喜び、幸せな気持ちが体にじわ~っと沁みてくるのを感じた2日間だった。

スケジュールと写真と共にどうぞ!

 

1日目

12:45 倉吉駅に到着

ー   倉吉駅にて食品以外のお土産購入、乗車券購入(倉吉⇔由良間往復400円・現金か定期券のみ)

    駅のホームでコナン列車を激写!なんと青赤列車と探偵列車の両方を偶然見れた!ラッキー!コナン列車の運行時間は日によって異なり、ネットで運行スケジュール確認可。

 

13:27 倉吉駅発 (米子行) コナン列車の青赤車両に乗車!乗り継ぎの電車が到着する前で人は少なく、座れた。

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13:37 由良駅 (コナン駅)に到着!

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ー   由良駅隣接の「北栄町観光案内所」(営業9:00-17:15)にて「コナン通り公式ガイドブック」(400円)を入手。コナンファンとして北栄町を満喫するのにイチオシのアイテム。シールラリーがあり、コナン通りにある様々なスポットに掲示されている張り紙と、ガイドブックの付属シールの柄が同じものをガイドブックに貼っていくというものだ。スポットは9か所あり、5か所以上のシールを貼ると、3つのコナンキャラの絵柄から選べる完歩証シールを、由良駅北栄町観光案内所でもらえる。

    由良駅からコナン通りを通り青山剛昌ふるさと館に向かって歩く。徒歩約20分と公式サイトにはあるが、私が到着したのは約1時間後だった。様々な名探偵コナン掲示、看板、ポスター、モニュメントで溢れているコナン通りでシールラリーをしたり、それらをゆっくり見ながら歩いた。道中の「出会いの広場」にある、工藤邸にて、左手はスマホで録音開始、右手でインターホンを鳴らし、インターホンの向こうから聞こえる声に興奮を抑え幸せを噛みしめていた。奥にあるコナン百貨店の入口に向かうと、その左側にコナンくんたちを一緒に撮れるプリクラ機を発見!よく見ると、「コナン百貨店だけの超限定!」と書いているではないか。これは撮るしかないな。私とコナンくんたち (厳密に言うとコナンくんたちの画像)でプリクラを撮った。600円だったが、一人旅をしているとなかなか自分が入った写真は撮らないため、いい思い出となった。その後、やっとコナン百貨店に入り、商品をじっくり眺めた。これから青山剛昌ふるさと館に行くから、その帰り道に買いに来るからね、と心の中でつぶやき、ショップを出た。

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    ここまで暑さを忘れて楽しんでいたが、気温は37度で汗が垂れていた。ゆえに、血糖値が下がり始めているから、何か糖分を取ろう。同じ場所にあるConan's Kitchen でカフェオレのテイクアウトをし、苦みを感じやすい私は「にがっ」と思いながら(絶対苦くない)ドリンクを片手に道を進んだ。

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    そこからの道もたくさんの名探偵コナン掲示、モニュメントがある。それらをゆっくり見て楽しみながら、「出会いの広場」を出発してから10分ほどで青山剛昌ふるさと館が見えてきた。

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14:50 青山剛昌ふるさと館に到着!

 

    この敷地内にも怪盗キッド阿笠博士が乗った車、少年探偵団など、いくつものモニュメントが置かれている。青山剛昌ふるさと館内に限らず、壁の画など建物の外もしっかり堪能できる。楽しい。

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    それらのモニュメントや周りのデザインなどじっくり鑑賞し、入口に向かうと、この時間帯は混雑はなく、5分ほど並んで入館券ゲット!入館券のデザインもいいっ!

   青山剛昌ふるさと館の入場料 (営業9:30-17:30)

    小学生未満:無料

    小学生:300円

    中学生・高校生:500円

    大人:700円

    (団体料金 (20名以上):各100円引)

 

    青山剛昌先生の生い立ちや、仕事部屋のデスク、キャラのオブジェなどが展示されている。名探偵コナンの複製原画はスケッチからうつくしかった。懐かしい場面の原画もたくさんあった。様々な言語の名探偵コナンのコミックの展示があり、これには二つの点で惹かれた。一つは、言語学習者としての興味と感動。語学のモチベがさらに上がった。もう一つは、何より、名探偵コナンが世界中で愛されていることを体感し、世界中にファンがいるんだと実感した時の興奮と幸福。厳密に言うと好きだと思う視点は異なっているかもしれないが、ファンの数だけ同じ作品に対しての様々な視点、種類の「好き」があるんだろうなぁと思いながら、同じ作品のファンがたくさんいる空間に今、身を置いているということに喜びを感じた。

    いくつかアクティビティコーナーのようなものがあり、ターボエンジン付きスケートボードの体験もあった。展示ブースの一端にあり、小学生くらいの子供たちがずらーっと家族で順番待ちをしていた。2階にはタッチパネルのクイズマシンや、小五郎のおっちゃんに麻酔銃を刺すミニゲームもあった。クイズマシンはちびっ子たちがひっきりなしに楽しんでおり体験できなかったが、小五郎のおっちゃんに麻酔銃を刺すゲームはやった。一度外し、おっちゃんに怪我をさせてしまった。ごめんね、おっちゃん。

    ターボエンジン付きスケートボード体験ブースの傍には、名探偵コナンのコミックスウォールがあり、これがまた圧巻だった。2024年9月中旬の今現在では103巻までの表紙で飾られていた。表紙にいるコナンくんがアクリル板のようなもので作られており、コナンくん推しの私にはご褒美だった。これまでのグッズの展示やコミック・映画のワンシーンなどの画も展示されていた。2階には小規模の約3分半のプロジェクションマッピングが上映されており、タイミングよく始まるタイミングでその空間に行きついた。

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    展示を堪能した後、青山剛昌ふるさと館併設のコナン探偵社にてグッズ購入。優柔不断の私は、行って初めて何を買うか決めるのは不可能、自分の気持ちが迷子になり、あれ買えばよかったと後悔することは明確だったため、事前にネットで商品を見ており、これだけは絶対に欲しいというものを見つけた。ショップ内は人がそれなりに多く、少し慌てたが、事前に選んでいたものを探し、かごに入れ、あとはゆっくり見て回った。さまざまなコナンくんの表情を楽しめるマグカップを手に入れられ、幸せだ。中にはネットに載っていなかった商品もあり、特に心を奪われたものを購入した。商品を見つつ、周りの人々も見てみると、多くの人が同じ商品でもこれがいいとこだわりを持って選んでいたり、真剣に商品を選んでいる様子を目に入り、やっぱり同志だなぁと心の中で感動していた。事前に選んでいたものもあるが、ネットでは見覚えのない商品もあったため、結局悩みに悩み、吟味し追加でいくつか購入した。

 

16:10 コナン探偵社を出る。少し奥に見える「道の駅大栄」にあるガイドブックのシールラリーのスポットに足を運び、張り紙を確認し、シールを貼って、折り返すことにした。

ー   折り返しの道中、行きとは反対側から見るモニュメントや看板を見ながら、ふと目に入ったのは、鳥取の自然、深緑の畑の背景で美しく燃えている夕日だった。あぁ、やっぱり自然は素敵だなぁ、としみじみ感じ歩いていた。

 

16:20 「出会いの広場」に着き、コナン百貨店に戻ってきたよ~と心で声をかけようとしたところ、今の気温に対して異常に汗をかいていることに気付いた。まさか、と思い血糖値を確認すると低血糖になっていた。発汗は低血糖の症状の一つだ。そこで予定を変更し、この敷地内にある喫茶ポアロに入ることにした。行きは Conan's Kitchen でカフェオレを買って店内を見れたが、喫茶ポアロのほうは満席で入れなかった。

    喫茶ポアロのラストオーダーは16時半で、ギリギリで来てごめんなさい、と思いながら店内に入ると、感じのよいお姉さんの店員さんが出迎えてくれた。Conan's Kitchen も喫茶ポアロも券売機で食券を購入する。ここは天国、だからこそ、食べたいもの、心が躍るものを考えて、「せっかくだから!」というものを選びたかったが、思考がまとまらず焦燥感と不安感に襲われ始めたため、目に入ったメニューの一番上にある「名探偵コナンナポリタン」の食券を買った。思考力が落ちる、不安感に苛まれる、というのも低血糖の症状である。お客さんがほとんどいなかったため、何分後に出来上がるだろうと予測し、パスタの量も予測してインスリンを注入して待っていた。(低血糖の状態でも、一定量以上の食事をするときにはインスリンが必要である。)すると、運が良く食事が予測通りの時間に出来上がった。ナポリタンを受け取って、席に戻り、とりあえず写真を一枚撮った。体はしんどく、頭もぼーっとしていたため、ほとんど記憶がない状態で食べたが、ウインナーがおいしかった記憶は残っている。今写真を見返すと、センスのかけらも感じられない写真があるが、とてもおいしそうなナポリタンだ。お皿はコナンくんの服のデザインだった。食事を終え、血糖値が少しずつ上がり始めると、不安感や思考力低下の症状も改善されてきて、少しずつ満腹感を感じ始めた。これも思い返せば、かなりの量あったが低血糖の不安で無意識に詰め込むように食べたんだと思う。ふと、「シールラリー完了したから観光案内所で完歩証をもらいに行こうと思っていたけど、あと5分で観光案内所閉店だわなぁ、明日にしよ」と考えが巡り、体調が落ち着いたのを再確認した。喫茶ポアロ店内にある掛け軸や原画の写真を撮らせていただいて、ごちそうさまでしたー!と叫んでお店を出た。

    今回の旅行で2つある残念な点の1つが、低血糖状態で喫茶ポアロに入ったことである。推しがあふれている幸せな空間で、おいしいものを「おいしい」を味わいながら楽しい気持ちで食事をしたかった。まぁ、それでも一日の内に低血糖になったのがこの1回だったのは良く血糖値コントロールができた方だと思う。ぱちぱち。

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17:00 コナン百貨店に再来。夕方だからか、行きよりも人口密度が小さく、ゆっくりとお店の商品を眺めていた。平次・沖田推しの友人へのお土産を悩みに悩み、結局決められず、後で本人に聞いてみよう、と思い直した。行きに選んでいた商品を手に取り、購入し、ショップを出た。

 

17:30 そろそろ倉吉駅近くに取ったホテルに向かおうかなと思い、おなかもいっぱいだったため、ゆっくり由良駅に向かって歩いた。

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17:40 コナン通りを満喫しながら歩いているとすぐに由良駅に到着した。観光案内所をちらっとのぞいてみたが、やはり閉まっていたため、やっぱり完歩証は明日にお預けだ。

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ー   駅のホームで乗り場はどこだろうなぁ、とのんきに考えながら、歩き疲れた足を休ませ一休みをしていると、外国人の方に話しかけられた。その方も倉吉駅に戻りたいらしく、乗り場は何番かを聞かれた。「私も同じ方へ帰りたいけどわからないんです。」と言うと、「電車が来たらドライバーに確認しよう!」と言ってくれた。電車が来るまで30分間、駅の待合にある時刻表に乗り場が書かれているのを発見し、その方たちにお伝えした。ここまでの会話はすべて英語だったが、英語学科の学生として学んできたことがここで生かせてうれしい気持ちと、さらなる向上のためのモチベもアップした。

 

18:08 由良駅倉吉駅行の電車が到着。「疲れた< 楽しかった幸せ」という気持ちで電車に激しく揺られながら座っていた。いやぁ、揺れが結構激しかったなぁ。

 

18:22 倉吉駅到着。先ほど会った外国人の方々とホームですれ違った際にさよならを言って改札を出た。ところが、倉吉駅に併設の「くらよし駅ヨコプラザ」にてお土産を選んでいると、さっきお別れした外国人の方に偶然出会った。そこで、どこから来たのか尋ねたところマレーシアから旅行で来た方たちのようだった。あなた日本人なのね!と驚かれたりもした。どこの人に見えたんだろう。聞けばよかった(笑)。そんなこんなで最後のさよならをした後、私がお土産に持って帰りたいものが食べものばかりだったため、明日買うことにした。店員さんとも少しお喋りをして、明日来ますと伝えてそこを出た。絶対来ないだろ、とか思われたかな(笑)。来るよ?

 

ー   倉吉駅に併設のセブンで明日の朝ご飯と水を買った。コナンとキッドの画がプリントされたTシャツを着ていたのだが、セブンの店員さんに、「今日は何かイベントがあったの?そんな感じの服着てる人がたくさん来たんだけど」と聞かれ、「思い当たるイベントはないでうねぇ、なんでだろう?三連休の初めだからなんですかね?」という他愛もない話をした。

 

18:45 倉吉駅から徒歩8分のビジホに到着。今回は推し活がメインのためホテルは節約した。欲を言えば、コナンくんたちも訪れた望湖楼に泊まりたかったが、そこは2名以上の宿泊のみ受付だったため、断念した。しかし!さきほど述べた「今回の旅行で残念な点2つ」のもう一つは、まさにホテル代を節約したこと!推し活を心行くまで楽しむためには体を最上級に癒したい!旅館大好き人間なので、近くに旅館がいくつもあるんだからせっかくの機会を活かせばよかったなぁと思った。決して、泊まったビジホに不満があるわけではない。フロントの方は丁寧で、設備も申し分なく、特に不自由さは感じなかった。ただただ、旅館・温泉、あの空間で心と体の癒しを求める気持ちが出てきた。だから、次の推し活ではホテルをケチらない、お金をしっかり貯めて臨む!

 

ー   まずはシャワーを浴び、体をきれいにした後、Conan's Kitchen でいただいたナポリタンでお腹も満たされており、髪を乾かして、ベッドに今日の戦利品を並べ悦に浸っていた。そして、今日周りきれなかったところや、買わずに悔やんだものを明日買うんだ!と心に決め、明日行く場所をコナン通り公式ガイドブックの後ろのメモのページに書き込んでいった。明日、限られた時間でどこにどういう順番で周るか計画を立て、そのままガイドブックをぺらぺらとめくり、今日の思い出に耽りながら、明日も訪れるとワクワクしていた。

 

    しかし、体は正直だ。もう少し余韻に浸りたいところだが、眠気を感じ始め、また、明日の出発は早い時間を予定していたため、寝ることにした。7時15分にアラームをセットしたことを確認した。ベッドに広げた戦利品を大事に袋に入れ机に置き、明日倉吉駅のコインロッカーに入れるものと持ち運ぶものを分け、横になり布団に入った。それでも興奮が冷めないのか、なかなか寝付けなかったが、これは旅行の際はいつものことだ。寝付いたのは0時頃だと思う。

 

2日目

6:30頃 予定より早く起床。カーテンを開けて初めて雨が降っていることに気付いた。傘は持ってきたけど、差したくないから止んでほしいなぁと思いながら顔を洗いに行った。昨日買った朝食の分のインスリンを打ち、スキンケアをし眉毛を描いた。そのくらいでインスリン投与から10分以上経過していることに気づき、いそいそとご飯を食べ始めた。食べ始めるのが少々遅れたため、これは遅れて高血糖が来るだろうなぁ、と思いながら、服を着替え、メイクの続きをし、ヘアアイロンをした。

 

8:30 ホテルを出発。外に出ると雨がさっきより弱くなっており、身一つであればいつもは傘を差さないところだが、昨日買った戦利品があったため、傘を差した。早く目覚めたため、一本早い8時37分の電車に乗れるかなと思ったが、倉吉駅での用事もいくつかあったため諦めた。

 

8:40 道中で信号にひっかかり、セブンに寄って水を購入し、倉吉駅に到着。次の電車まで40分程度ある。コインロッカーに預ける前に、昨日くらよし駅ヨコプラザで選んでいたお土産を買いに行った。来たよ!

    店内には、お菓子大好きな父母が喜んでくれそうな商品がたくさんで、すべて買って帰りたかったが、さすがに持ちきれない量だったため、厳選した。

 

    渡したい人へのお土産をすべて手に入れ、よしっ、あとはコナン通りで悔いなく私自身へのお土産を買おう。私はお土産を渡したい気持ちはあっても、いつも選ぶのに非常に時間がかかる。優柔不断で決められないのだ。だからこそ、決まるまではうかうかとただ楽しんでいられない。すべてのお土産を購入し終わった今、あとは楽しむだけだ、おーっ!コインロッカーに荷物とお土産を預け、往復乗車券を買った。ホームに降りて、昨日の夜にメモした行く場所を確認しながら電車を待っていた。そのころには雨はやみ、青色の空が見え始めていた。

 

9:18 電車に乗った。座席は空いており、今日も座れた。10分間、自然の風景を眺めていた。向こうまで広がる若緑と、青が広がっていく空。きれいだなぁ。

 

9:22 由良駅 (コナン駅)に到着!(再)

ー   まず最初に北栄町観光案内所で完歩証をもらいに行った。そこで、「青山剛昌ふるさと館併設のコナン探偵社 (グッズ売り場)に入るには入場券が必要か」について尋ねると、人が多くない今は入場制限しておらず、入場券なしで入れるとのことだった。やった!

 

9:50 この観光案内所で販売しているコナングッズや名探偵コナンデザインの来駅証明書 (各200円)を購入し、日付のハンコを押してもらった。もう一つ、今日は帰りのバスをお昼に予約しており、時間が限られているため、自転車で周ることにした。観光案内所にて1日500円でレンタサイクルができる。利用時間は、たしか17時までだった気がする。昼には帰る予定だったのであまり覚えておらず、、確実な情報を提供できず申し訳ない。

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    まずは由良駅からコナン通り方面とは線路を超えて反対側にある、大栄小学校に向かった。そこまでの道中にあるコナンくんの道表示と、その小学校にあるコナンくんと蘭ちゃんのモニュメントが目的だ。自転車に乗っていると、ついつい見逃してしまう景色がある。だから実は、自転車に乗るのはあまり好きではない(笑)。実際、大栄小学校に行くまでにコナンくんの道案内を見落とし、自転車を漕いでいるため北栄町公式ガイドブックを開くこともなく上り坂を進んでいた。一度迷い、「こりゃ、どっかで通り過ぎたか」と思い引き返した。すると左側に大栄小学校の看板が見え、そっちに向かった。コナンくんと蘭ちゃんのモニュメントを無事発見し、かわいいなぁ、と汗だくで眺め、写真を撮り、次の目的地を確認した。血糖値も確認した。予想通り、高血糖になっていたが血糖値グラフは下がっているところだった。自転車を漕いでも普段はこんなに汗だくにならない。発汗異常は高血糖の症状でもある。ここで追加のインスリンを打つと、気温35度では低血糖になることは明らかで、すでに血糖値グラフは下がる兆候を見せているので、インスリンは打たず、自転車に乗る。

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    来た道を戻り、空手むすめのモニュメントに向かった、コナン通りからは外れた場所にあるが、空手むすめと言えば、ご想像の通り、蘭ちゃんのモニュメントだ。さらに、この欄ちゃんのモニュメントは他のものと少し変わったものがあり、背景に蘭ちゃんによる今までの戦闘シーン (と言ってよいのか?) の一コマが集まったボードがある。これは見逃せない。

    ガイドブックを見て、「この道をまっすぐで四つ目の交差点を左か」と頭に入れ、漕ぎ始めた。しかし、途中道を数え忘れ、民家が並ぶ場所に迷い込んでしまった。やっちまった、と思いつつ、そのまま進んだ先にあった左折の道を進み引き返した。適当に自転車を漕いでいると、迷ってから3分後くらいに蘭ちゃん発見!鑑賞して、満足した。念のため、もう一度血糖値を見るとかなり下がっていた。そろそろ何か糖分を取らないとだなぁ、そうだ!ちょっとはやいけど Conan's Kitchen でお昼ご飯にしよう。昨日はテイクアウトにしたけど今日は店内でいただこうかしら~、なんて思いながら自転車で向かった。

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10:30 Conan's Kitchen に到着し、自転車を停めた。昨日はドリンクを飲んだから今日は食事をしたいなぁと思っていたが、暑さでやられたのか固形物を食べられる気がしなかった。クリームソーダを注文し、待っている間、昨日より空いていたため、店内の写真を数枚撮影した。おっと、インスリンの投与を忘れていた。私はインスリンポンプというものを使用しているため、スマホ操作と同じような感じでインスリンの投与ができる。注文の時に見たクリームソーダの写真で糖質量を予測しインスリンを打った。

    番号が呼ばれ、受け取りに行くと、写真よりもボリューミーなソフトクリームが乗っていて驚いた(笑)。きっと投与したインスリン量は足りないだろうなぁ、と思いつつ、これからまだ動くのと、どのくらい追加で打てばいいかもまだわからないため、追加は打たずいただいた。クリームソーダにはランダムでキャラのデザインのライスシートが乗っている。私のは哀ちゃんだった。写真を撮って、お店を出た。外でカンカン照りの太陽の下、平次と和葉のモニュメントを遠目で眺めながらソフトクリームをいただいた。ライスシートを最後にいただいたため、口がカラカラになったが、ペットボトルの水を飲んだ。クリームソーダカップを持って帰るために、そばのお手洗いですすいで持っていたビニール袋に入れた。自転車に乗り、コナン探偵社に向かった。

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10:50 コナン探偵社到着!

    着くと昨日の昼過ぎとは打って変わった光景が目に入った。入場口に外まで続く行列だった。入場制限かけられてないのかな?コナン探偵社で買い物できるかなぁ?とドキドキしながら行列を横目に入り口に近づくと、案内表示があり、行列と扉の間をすり抜け無料で無事入れた。ふぅ。

    コナン探偵社内も昨日よりは人が多く、しかも商品も昨日よりたくさんあるように感じた。昨日買わず悔やんだものを吟味しかごに入れ、人の波に乗ってゆっくりと周った。どうしても推しグッズにも実用性を考えてしまう私の性格ゆえに悩みに悩んだ商品は、「使えるかどうかじゃない、本能が求めている!」と殻を破り捨て、すべて買った。そういった商品の一つが、小さい子のパーの手のひらサイズほどの大きな缶バッジだ。あどけない表情をしたコナンくんがかわいい。

    いろいろな商品を見て楽しんでいるうちに、体の力が少し抜けてきたような感覚が現れ始めた。低血糖を疑った。ちらっと血糖値を確認すると、低血糖にはなっていないが、血糖値が下がってきていた。このまま15分も経てば低血糖になりそうだなぁと思い、もう一度悔いの無いよう、店内をぐるっと回り、タイミングよく空いたレジでお会計を済ませ、出口付近にあったコナンくんのパネルに心の中でバイバイしてショップを出た。血糖値が安定するよう、手元にあったジュースを飲んだ。

 

11:20 自転車に乗る前に、一度振り返り、青山剛昌ふるさと館とコナン探偵社の建物、敷地内にあるさまざまなモニュメントをその場で眺め、買ったものを自転車の籠に入れ、自転車に乗った。

 

11:30 最後に、北栄町商工会周辺に行った。名探偵コナンのモニュメントはこれでコンプリート、全部見れる。この商工会周辺には、『悪夢の始まり』と名付けられたジンとウォッカのモニュメント、今回一番見たかった、『小さくなった名探偵』のあの有名なシーンのモニュメントがある。自転車をのんびり漕ぎ、無事拝見できた。連れて帰りたいほどかわいい!しばらくの間眺めて満足したら、自転車に乗った。もう一つ、ここから由良駅までの道中にあるバラエティに富んだコナンくんの案内表示の一つがあった。これも目的の一つで、かっこよくてぜひ直接拝見したいと思っており、難なく見つけ、写真を撮って、由良駅に戻った。

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    自転車を返却し、観光案内所の方と共通の話題があり、少し話をした。

    少し話が逸れるが、来年には就職活動を始める。そして、今回鳥取を訪れ、鳥取で就職するのもいいな、と思い始めた。なぜなら、もちろん、コナンくんに会いに行きやすくなるから。もう一つは、現在すでに鳥取の生活環境とあまり相違ない場所に住んでおり、生活の不便さも感じなさそうだからだ。観光案内所に就職するなら、どういう道をたどるのか、由良駅観光案内所にいらっしゃった方たちはどういった経緯であそこで働かれていたのか、おしゃべりしてた時に聞けばよかったなぁ。

    それはさておき、12時16分由良駅発の電車に乗る予定で、それまでにいろんな場所を回ろうと急ぎめだったが、どの場所でも案外ゆっくりできた。はぁー、楽しかった。

 

12:16 駅のホームの最前列に立っていたが、なんと!来た電車がコナン列車の探偵列車だった!ツイてる。昨日の行の電車は青赤列車で、帰りはもう一つの種類のコナン列車!少し遠くで、あら?コナン列車では?!と思った瞬間にスマホを取り出して録画を始めたが正解だった。帰ってから数回見たが、これからも何度も見ると思う。

    乗車し、電車内で唯一、トイレのドアが名探偵コナンデザインであり、その写真を撮った。席に着いて、倉吉駅に着くまでの10分、楽しかった充実感と幸福感で満たされていた。たくさんのコナンくんに長時間囲まれ、お気に入りのコナンくんたちを見つけ、お土産も買えた。幸せな二日間だったなぁ。

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12:26 倉吉駅に到着。

    そろそろ固形物を食べなきゃジュースだけでは血糖値は持続して安定しないな、どこで何を食べようかなぁ、と考えていた。そうそう、駅のコインロッカーに預けた昨日の戦利品も忘れずに。駅のセブンに寄り、水と、糖分補給のためのジュースもなかったため、それも買った。セブンでお昼ごはん買っちゃう?いや、高速バスまで一時間半あるし、せっかくだからどこかお店に入ろうか、うーん、でもしっかりとした食事は食べれそうにないなぁ、バテたかなぁと自問自答した。セブンを出て辺りを見回すと、目の前の二階にカフェぽいところを発見し、そこに行った。

 

12:45 お店に入り席に着くと、cafe SOURCE MIDというかわいらしいおしゃれなお店だった。人が多すぎるわけでも少ないわけでもない。おひとりさまのマダム、友人同士なのか学生ぽい私と同年代くらいの人や、家族連れがいた。穏やかな空気でのんびりできた。食事やデザート、種類豊富な飲み物などがあった。外にあったボードに貼られていた紅茶シフォンを注文し、インスリン治療を始めてからシフォンケーキを食べるのが初めてだったため、糖質がわからなかった。ダメもとで店員さんに尋ねてみると、やはり詳しいことはわからなかった。お手を煩わせてごめんなさいね、もうどこに行っても聞かんとこう...。お手洗いをお借りした後、席に戻るとシフォンケーキを机まで持ってきてくれた。実物を見て量を予想し、ネットで調べた情報を参考にしつつ、糖質を予想し、インスリンを注入した。バテからなのか、いつもよりゆっくりだったが、間食した。口当たりはふわふわで、ふわっとやさしくアールグレイが香っていた。添えられていた生クリームを付けながら食べた。食べるのに時間がかかったからなのか、最後は常温になってしまっていたが、冷えているときのほうがおいしいと思う。

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13:30 ごちそうさまをし、時間を確認すると、バスに乗る30分前だった。ここからバス停まで5分程度だから、いいくらいの時間だ。お会計を済ませ、倉吉駅の高速バス乗り場に向かったが、バスはまだ来ておらず、くらよし駅ヨコプラザの中に待合のような空間があり、そこに荷物を降ろして待った。かなりお土産を買ったからリュックが重かった。その分、幸せと楽しさ、喜びをたくさん感じた二日間だった。そういえば、マレーシアから来られた方たちにまた会えないかなぁ、バイバイしたい、と思っていたが、現れなかった。次の目的地に行ったのかもしれない。See ya!

 

14:00 高速バスが到着し、乗車した。鳥取、コナンくん、さようなら、ありがとう、また来るね、そう心でつぶやきながら景色を見送った。

 

 

数字で見れば短いこの二日間でたくさんの出来事があった。大好きなコナンくんに溢れたまちに訪れることができて、幸甚の極みだ。また、旅をするといつも感じることだが、一期一会は素敵だなぁ。マレーシアからいらっしゃった方、これからも元気に過ごしてほしいなぁ。それか、去年から考えている留学の行き先の選択肢にマレーシアも入れているため、もし行ったら会えないかなぁ、とか確立が極めて低くても、大小いとわず奇跡のような出来事がこれまでにもいくつも起きているわけだから、そういうことを考えてわくわくするこれからにつながっている。

始めてみると投げ出したくなるインスリン治療や、このコナン旅行の前日まで自分の病気を受け入れられず未来への不安、現在の不安で押しつぶされそうになり毎夜涙が止まらなかったこと、血糖コントロールどころか私自身が血糖値に振り回されている現状に絶望し、外食はおろか、外に出る気力さえ、何かを頑張る気力さえもすべてを失っていた。しかし、ふと舞い降りてきた気持ちでコナン旅行を計画し、完了し、楽しい夏になった。

帰宅後も、コナングッズを飾っている推し棚を一新した。額や缶バッチケース等を準備し、新しくすっきりとした推し棚へと生まれ変わっている。大きな缶バッチは壁にかけて、毎日眺めている。実用性だけじゃないんだなぁ、そこにいてくれるだけでこんなにも癒され幸せをもたらしてくれる、最高だなぁ、ありがとう、と心から感じた。こんなふうに、これからも少しずつ凝り固まった心や考え方をほぐしていけたらいいなぁ、そうするために、素直な感性を失いたくない、失わないようにしたいと思う。

私がこの旅行記でお伝えしたことの一つに、同じ病気で苦しい思いをしている方に、発症から約3か月半の私はこうしているよ!少しずつだけど、苦しい時もあるけど、楽しいことを楽しいって感じられるようになってくるよ!と伝えたい。もちろんずっとそうやって前向きな気持ちではいられないから、気持ちが落ち込んで、コナン旅行から帰ってきた今でも泣いてる夜がある。それは当たり前。しんどいもん。それでも、確実に、前より、強くなった。この病気の治療を続けるとあなたも確実に強くなる!前の私だったら、糖質の分からないものなんて泣くほど食べたくないって思う。だけど、推しパワーもあり少し前向きになった私はいろいろなことに挑戦できた。今すぐ前向きになろうとしなくていい。前向きにならないことが悪いだけじゃない、そういう時期もある。今と向き合って、たくさん苦しんで苦しみぬいた先に転機が訪れる。人生ってきっとそうなっているんじゃないかな。

コナンくん愛が強いゆえに危うくただの推し日記になるところだったが、私が伝えたいことも書けた。私の言葉が、体験が、誰かの勇気になったらいいな。

 

この場に訪れ、読んでくださった方ありがとうございました。

日常

「いつも変わらない毎日を過ごしている」この言葉について考えていた。

「だから、つまらない人生だ。」そう言う人もいる。

 

私もそう思う日はある。辛いことがあり、なかなかそこから抜け出せない日が2日3日続くと、このくらいムーブは一生続くのではないか、そう思う。私は今の医療では一生治らない病気の療養中で、現在入院をしているが、別の言い方をすると延命治療といえるこの療養をしてまで、家族に経済的負担をかけてまで生きる意味はあるのだろうか、そう考えるようになった。

私は自分の感情を人に伝えるのが苦手で、あまり表現しない。だが、「病気になっちゃった」とぽろっと話した私を心配してくれた、長い付き合いの友人がいる。そしてついつい前に述べたことを口に出してしまった。すると彼は、「いなくなったら悲しむ。」そう言った。これは生きる理由なのではないだろうか。私が生きることで大事な人を悲しませる可能性が小さくなる。これは私にとって喜ばしいことで重要なことだ。大切な人には笑っていてほしい。もし私がいなくなる選択したとしても、彼は悲しんだとしてもいつかは乗り越え、幸せな日々を過ごしていくだろう。それでも、彼が大事に思ってくれていることをこれまでにも実感し、伝えてくれた言葉が、この世でこの方ともう少しいろんなお話しをしたい、という私の根底にある「生きたい」気持ちを露わにしてくれた。

 

療養のために体に様々な器具を付けて取り換え、これをずっとだ。正直しんどい。このまま変わらないんじゃないかと思うこともある。それでも、これまでの中で私の気持ちは少し前を向き、療養のおかげで体がしんどい時間は減ってきた。病院で偶然出会った、足の負傷で歩けなくなり松葉杖でリハビリを毎日頑張っていらっしゃる方とお喋りして元気をもらった。私だけではない。それぞれが各々のペースで頑張っている空間に身を置くと、私もこれでいいんだと勇気をもらう。

 

どの人のどんな日でも、確実に変わっている。その変化に敏感になれると、変わらないように見える毎日に刺激を感じられ、歩んできた人生と、今歩んでいる道に彩が見えるようになるだろう。